「鴻門之会」の最後の場面です。沛公が無事に自軍へ戻ったころ、張良は宴席に戻って項王にわびを言い、贈り物を差し出します。項王は白璧を受け取りますが、范増は玉斗を突き壊し、項王を「豎子」とののしります。
本文(書き下し文・現代語訳)
白文沛公已去、間至軍中。
書き下し沛公已に去り、間くして軍中に至る。
現代語訳沛公はもう立ち去っていて、しばらくして自分の軍に着いた。
- 間
- 「しばらクシテ」しばらくして。(教科書によっては「間かに」「間びて」と読み、「こっそり近道して」の意にとるものもある。)
- 已
- 「すでニ」すでに。
沛公は宴席から脱出し、無事に自軍へ戻りました。ここからは、宴席に残った張良が沛公の代わりに項王へ謝罪します。
白文張良入謝曰、「沛公不勝桮杓、不能辞。
書き下し張良入りて謝して曰はく、「沛公桮杓に勝へず、辞する能はず。
現代語訳張良は宴席に入ってわびて言うことには、「沛公はもう酒に耐えられず、おいとまのあいさつもできません。
- 桮杓
- さかずきとひしゃく。ここでは酒のこと。
- 不勝~
- 「~に勝へず」~に耐えられない。
- 辞
- 別れのあいさつをする。
白文謹使臣良奉白璧一双、再拝献大王足下、玉斗一双、再拝奉大将軍足下。」
書き下し謹みて臣良をして白璧一双を奉じ、再拝して大王の足下に献じ、玉斗一双をば、再拝して大将軍の足下に奉ぜしむ。」と。
現代語訳つつしんで私張良に、白璧一対を捧げ持たせて再拝のうえ大王様に献上させ、玉斗一対を再拝のうえ大将軍様に差し上げさせます。」と。
- 再拝
- 二度おじぎをする。丁寧な礼。
- 大王
- 項王。
- 大将軍
- 亜父(范増)。
- 足下
- 相手を敬って、直接ではなく「足もと」に差し出すという言い方。
- 白璧
- 白い玉で作った宝玉。
- 玉斗
- 玉で作った酒器。
白文項王曰、「沛公安在。」
書き下し項王曰はく、「沛公安くにか在る。」と。
現代語訳項王が「沛公はどこにいるのか。」と言った。
白文良曰、「聞大王有意督過之、脱身独去。已至軍矣。」
書き下し良曰はく、「大王之を督過するに意有りと聞き、身を脱して独り去れり。已に軍に至らん。」と。
現代語訳張良が言うことには、「大王様に沛公の過ちを責めるお気持ちがあると聞き、ひとりで抜け出して帰りました。もう軍に着いていることでしょう。」と。
- 督過
- 過ちを責めとがめる。
- 之
- 沛公を指す。
- 督
- とがめる、取り締まる。
張良は、沛公が無礼にも逃げたとは言わず、「項王にとがめられると思って退出した」と説明しています。
白文項王則受璧、置之坐上。
書き下し項王則ち璧を受け、之を坐上に置く。
現代語訳項王はそこで白璧を受け取り、それを自分の座席に置いた。
項王は、沛公が逃げた後でも贈り物をそのまま受け取っています。
白文亜父受玉斗、置之地、抜剣撞而破之曰、「唉、豎子、不足与謀。
書き下し亜父玉斗を受け、之を地に置き、剣を抜き撞きて之を破りて曰はく、「唉、豎子、与に謀るに足らず。
現代語訳亜父は玉斗を受け取ると地面に置き、剣を抜いて突き砕いて言った、「ああ、小僧め、ともに大事をはかるにはふさわしくない。
- 豎子
- 青二才。ここでは項王を指す。
- 不足与謀
- 「与に謀るに足らず」いっしょに計略を練るだけの値打ちがない。
なぜ范増は玉斗を壊したのか。范増は、沛公を殺す絶好の機会を逃した項王に激怒しています。贈り物を受け取る気にもなれず、玉斗を壊すことで怒りを表しました。
白文奪項王天下者、必沛公也。吾属今為之虜矣。」
書き下し項王の天下を奪ふ者は、必ず沛公ならん。吾が属今に之が虜と為らん。」と。
現代語訳項王から天下を奪うのは、きっと沛公だろう。われわれは今に沛公のとりこにされてしまうだろう。」と。
- 吾属
- われわれ(范増たち項王の側の者)。
- 之
- 沛公を指す。
- 為之虜
- 「之が虜と為る」彼(=沛公)の捕虜にされる。
范増は、項王がこの機会に沛公を殺さなかったため、将来、項王の天下を奪うのは必ず沛公だと予言しています。
白文沛公至軍、立誅殺曹無傷。
書き下し沛公軍に至り、立ちどころに曹無傷を誅殺す。
現代語訳沛公は自軍に着くと、ただちに曹無傷を罪人として殺した。
- 立
- 「たちどころニ」すぐに。
- 誅殺
- 罪をとがめて殺す。
曹無傷は、項王に「沛公は関中の王になろうとしている」と告げ口した沛公の部下です。①で項王がその名を明かしたので、沛公は裏切りを知っていました。
テストで問われるポイント
- 「大王」=項王、「大将軍」=亜父(范増)。
- 「沛公安在」:項王は沛公が逃げたとは思っておらず、ただ居場所をたずねている。
- 「督過之」「為之虜」の「之」はどちらも沛公。
- 璧を受け取る項王は事の重大さに気づいていない。玉斗を壊す范増は、沛公を殺す好機を逃したことに怒っている。
- 「豎子」=項王。「吾属」=范増たち、項王側の者。
- 「奪項王天下者、必沛公也」は、のちに沛公(劉邦)が天下を取ることを予言している。
テスト予想問題
A 語句・書き下し文
次の語の読みと意味を答えよ。
①間(間至軍中)
②再拝
③唉
④豎子
⑤立(立誅殺)解答を見る
①しばらくして
②さいはい/二度おじぎをすること
③ああ(嘆きの声)
④じゅし/青二才、小僧
⑤たちどころに/すぐに「沛公不勝桮杓、不能辞」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:沛公桮杓に勝へず、辞する能はず。
現代語訳:沛公はこれ以上酒を飲むことができず、別れのあいさつもできません。「吾属今為之虜矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:吾が属今に之が虜と為らん。
現代語訳:われわれは、やがて沛公に捕らえられてしまうだろう。「聞大王有意督過之、脱身独去。已至軍矣」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:大王之を督過するに意有りと聞き、身を脱して独り去れり。已に軍に至らん。
現代語訳:大王様が沛公の過ちを責めるおつもりだと聞いて、ひとりで抜け出して帰りました。もう軍に着いていることでしょう。
B 句法
「沛公安在」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:沛公安くにか在る。
現代語訳:沛公はどこにいるのか。(場所を問う疑問)「謹使臣良奉白璧一双、再拝献大王足下、玉斗一双、再拝奉大将軍足下」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:謹みて臣良をして白璧一双を奉じ、再拝して大王の足下に献じ、玉斗一双をば、再拝して大将軍の足下に奉ぜしむ。
現代語訳:謹んで私張良に、白璧一対を、うやうやしく大王様に献上させ、玉斗一対を、うやうやしく大将軍様に差し上げさせます。「唉、豎子、不足与謀」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
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書き下し文:唉、豎子、与に謀るに足らず。
現代語訳:ああ、小僧め、いっしょに大事をはかる相手にはならない。
C 内容の読み取り
「大王」「大将軍」とはそれぞれ誰か。
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大王…項王。大将軍…亜父(范増)。
「督過之」の「之」と、「今為之虜矣」の「之」は、それぞれ誰を指すか。
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どちらも沛公。
璧を受け取った項王と、玉斗を突き壊した范増の気持ちの違いを説明せよ。
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項王は沛公を逃したことの重大さに気づかず、贈り物を素直に受け取っている。范増は、沛公を殺せる絶好の機会を逃したことに激しく怒っている。
「豎子」とは誰を指すか。また、范増がそう呼んだのはなぜか。
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項王。沛公を討つ決断ができず、天下をねらう相手を逃した項王を、未熟で頼りにならないと思ったから。
張良は沛公が帰ったわけを、項王にどのように説明しているか。
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無礼にも逃げたとは言わず、項王にとがめられるのを恐れて退出した、と説明している。
沛公が自軍に戻ってすぐ曹無傷を殺したのはなぜか。
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沛公の部下でありながら、項王に告げ口をして沛公を裏切っていたから。
このあとの話
鴻門で沛公を逃したのち、項王と沛公(劉邦)の立場は少しずつ逆転していきます。続きは「四面楚歌」「項王の最期」で読めます。