孟子『五十歩百歩』書き下し文・現代語訳・解説|テスト予想問題

目次
  1. 『五十歩百歩』のあらすじ
  2. 原文・書き下し文・現代語訳
  3. 「五十歩」と「百歩」は何をたとえているのか
  4. 恵王の政治は何が足りなかったのか
  5. 故事成語「五十歩百歩」の意味
  6. 『五十歩百歩』テスト予想問題
  7. まとめ

孟子『五十歩百歩』の原文・書き下し文・現代語訳・重要語句・内容をわかりやすく解説します。

「五十歩百歩」は、現在でも「多少の違いはあっても、本質的にはほとんど同じである」という意味で使われる故事成語です。

『五十歩百歩』のあらすじ

梁の恵王は、自分は民のために一生懸命政治を行っていると考えていました。

隣国の君主よりもずっと民のことを考えているつもりなのに、隣国の人口は減らず、自分の国の人口も増えません。

そこで恵王は孟子に、「なぜなのか」と尋ねます。

原文・書き下し文・現代語訳

梁恵王曰、「寡人之於国也、尽心焉耳矣。

梁恵王りやうけいわう曰いはく、「寡人くわじんの国に於おけるや、心を尽つくすのみ。

梁の恵王は言った。「私は国を治めることについて、十分に心を尽くしているつもりだ。

・寡人…王が自分を指していう言葉。「私」。

河内凶、則移其民於河東、移其粟於河内。河東凶亦然。

河内かだい凶きようならば、則すなはち其の民を河東かとうに移し、其の粟ぞくを河内に移す。河東凶なるも、亦また然しかり。

河内地方が凶作になれば、その住民を河東地方へ移し、河東の穀物を河内へ運ぶ。河東地方が凶作になった場合にも、同じようにしている。

・凶…凶作であること。

・粟…ここでは穀物・食糧。

・亦然…「またしかり」。同様である。

恵王が「自分はよい政治をしている」と考える理由

恵王は、凶作が起これば、

  • 民を食糧のある地域へ移す
  • 食糧を凶作の地域へ運ぶ

という救済策を行っています。

そのため恵王自身は、「私は他国の王よりも民のために尽くしている」と自負している。

察隣国之政、無如寡人之用心者。

隣国りんごくの政を察さつするに、寡人の心を用もちゐるがごとき者無し。

隣国の政治を調べてみても、私ほど民のために心を尽くしている者はいない。

・察…よく調べる、詳しく見る。

・無如~者…~のような者はいない。

隣国之民不加少、寡人之民不加多、何也。」

隣国の民少なきを加くはへず、寡人の民多きを加へざるは何なんぞや。」と。

それなのに、隣国の人民が特に減るわけでもなく、私の国の人民が特に増えるわけでもない。これはどうしてなのか。」と。

・何ぞや…どうしてか。

恵王の疑問

自分の政治 > 隣国の政治

だと恵王は考えています。

それなのに人口に差がつかないため、恵王にはその理由が理解できない。

孟子対曰、「王好戦、請以戦喩。

孟子まうし対こたへて曰いはく、「王戦ひを好このむ。請こふ、戦ひを以て喩たとへん。

孟子は答えて言った。「王様は戦争がお好きです。どうか戦争を使ってたとえさせてください。

・対…目上の人の問いに答える。

・請ふ~ん…どうか私に~させてください。

なぜ孟子は戦争をたとえに使ったのか

本文には「王好戦」とあります。

孟子は、戦争を好む恵王にとって理解しやすい話題を選びました。

いきなり「あなたの政治は隣国と大して変わらない」と批判するのではなく、まず王自身に戦争のたとえについて判断させ、その判断を王自身の政治へ当てはめていく。

填然鼓之、兵刃既接、棄甲曳兵而走。

填然てんぜんとして之を鼓こし、兵刃へいじん既すでに接せつす。甲かふを棄すて兵へいを曳ひきて走にぐ。

ドンドンと太鼓を鳴らして戦闘が始まり、すでに敵味方の武器がぶつかり合っている。やがて敗れた兵士が、よろいを脱ぎ捨て、武器を引きずりながら逃げ出した。

・填然…太鼓が鳴り響く音を表す。

・兵刃…武器、刀剣。

・甲…よろい。

・兵…ここでは「兵士」ではなく武器。

・走…逃げる

或百歩而後止、或五十歩而後止。

或あるいは百歩にして後のちに止まり、或いは五十歩にして後に止まる。

ある兵士は百歩逃げたところで立ち止まり、別の兵士は五十歩逃げたところで立ち止まった。

・或いは~、或いは~…ある者は~、ある者は~。

以五十歩笑百歩、則何如。」

五十歩を以て百歩を笑わらはば、則すなはち何如いかん。」と。

五十歩しか逃げなかった者が、それを理由に百歩逃げた者を笑ったとしたら、どうでしょうか。」と。

・何如…「いかん」。どうであるか、どう思うか。

曰、「不可、直不百歩耳、是亦走也。」

曰いはく、「不可なり。直ただ百歩ならざるのみ。是これも亦また走にぐるなり。」と。

恵王は言った。「それはいけない。五十歩逃げた者は、ただ百歩まで逃げなかったというだけだ。その者も逃げたことには変わりがない。」と。

直~耳

書き下し:直だ~のみ

意味:ただ~だけだ。

「直不百歩耳」=ただ百歩ではなかっただけだ。

曰、「王如知此、則無望民之多於隣国也。」

曰いはく、「王如もし此を知らば、則すなはち民の隣国より多きを望むこと無かれ。」と。

孟子は言った。「王様がもしこの道理をお分かりになるのであれば、自分の国の人民が隣国より多くなることを期待してはいけません。」と。

・如し~ば…もし~ならば。

・無~…「~すること無かれ」で「~してはいけない」。

・A於B…ここでは比較。「BよりA」。

「五十歩」と「百歩」は何をたとえているのか

五十歩逃げた者
= 梁の恵王の政治

百歩逃げた者
= 隣国の政治

恵王は、隣国より自分の方がよい政治をしていると思っています。

確かに恵王は、凶作の際に民を移したり食糧を運んだりしています。

しかし孟子から見れば、その違いは「百歩逃げたか、五十歩逃げたか」程度の違いにすぎません。

五十歩逃げた者も、結局は戦場から逃げています。

同じように、恵王の政治にも多少よいところはあるものの、孟子が理想とする政治には達していないのです。

恵王の政治は何が足りなかったのか

恵王は、凶作が起こった後に民や食糧を移動させています。

もちろん、これは何もしないよりは民を助ける政治です。

しかし孟子が求めているのは、それだけではありません。

この本文の続きで孟子は、農業に適した時期を妨げないこと、自然資源を適切に利用すること、民が十分に生活できる環境を整えることなどを述べ、それを「王道の始め」としています。

つまり、

災害が起きてから対処するだけではなく、そもそも民が安心して生活できる社会を作ること

が重要だと孟子は考えているのです。

孟子の「王道」

孟子は、武力によって人々を従わせる政治よりも、仁義に基づき、民の生活を安定させる政治を重視しました。

民が安心して暮らせる政治を行えば、人々は自然にその国へ集まり、王は天下の支持を得られると考えます。

故事成語「五十歩百歩」の意味

五十歩百歩

多少の違いはあるものの、本質的にはほとんど同じで、大した違いがないこと。

『五十歩百歩』テスト予想問題

問1 「寡人」とは誰を指す言葉か。
王が自分自身を指していう言葉。この文章では梁の恵王。
問2 「無如寡人之用心者」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
書き下し文:寡人の心を用ゐるがごとき者無し。
現代語訳:私ほど民のために心を尽くしている者はいない。
問3 恵王は、どのようなことを不思議に思って孟子に質問したのか。
自分は隣国の王より民のために心を尽くしているはずなのに、隣国の人口は減らず、自国の人口も増えないこと。
問4 「王好戦、請以戦喩」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
書き下し文:王戦ひを好む。請ふ、戦ひを以て喩へん。
現代語訳:王様は戦争がお好きです。どうか戦争を使ってたとえさせてください。
問5 孟子が戦争をたとえに用いたのはなぜか。
恵王が戦争を好んでいたため、王にとって身近で理解しやすい戦争の話を使って、自分の政治の問題点を気づかせようとしたから。
問6 「棄甲曳兵」とは、兵士がどのような状態であることを表しているか。
戦いに敗れ、よろいを捨てて武器を引きずりながら必死に逃げている状態。
問7 「以五十歩笑百歩、則何如」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
書き下し文:五十歩を以て百歩を笑はば、則ち何如。
現代語訳:五十歩しか逃げなかったことを理由に、百歩逃げた者を笑ったとしたら、どうでしょうか。
問8 「不可、直不百歩耳、是亦走也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
書き下し文:不可なり。直だ百歩ならざるのみ。是れも亦走ぐるなり。
現代語訳:それはいけない。ただ百歩まで逃げなかったというだけだ。その者もやはり逃げたことには変わりがない。
問9 「王如知此」の「此」が指す内容を答えよ。
五十歩しか逃げなかった者も、百歩逃げた者と同じく、逃げたことには変わりがないということ。
問10 「王如知此、則無望民之多於隣国也」を書き下し文にし、現代語訳せよ。
書き下し文:王如し此を知らば、則ち民の隣国より多きを望むこと無かれ。
現代語訳:王様がもしこの道理をお分かりになるのであれば、自国の人民が隣国より多くなることを望んではいけません。
問11 孟子のたとえで、「五十歩逃げた者」と「百歩逃げた者」はそれぞれ何を表しているか。
五十歩逃げた者=梁の恵王の政治。
百歩逃げた者=隣国の政治。
問12 孟子が「五十歩百歩」のたとえによって恵王に伝えようとしたことを説明せよ。
恵王の政治は隣国より多少よい点があっても、本質的には大きな違いがなく、隣国より優れた政治をしていると自負して人民が増えることを期待するべきではない、ということ。

まとめ

梁の恵王は、凶作の際に民を移住させたり食糧を運んだりしていたため、自分は隣国よりよい政治をしていると考えていました。

しかし孟子は、戦争のたとえを使って、恵王自身に「五十歩逃げても百歩逃げても、逃げたことには変わりがない」と言わせます。

そして、恵王の政治と隣国の政治も同じだと気づかせます。

多少の違いはあっても、本質的な部分が同じであれば、大きな違いとはいえません。

ここから現在の「五十歩百歩」=多少の違いはあっても、本質的にはほとんど同じという意味が生まれました。

さらに『孟子』の本文はこの先へ続き、孟子は民の生活そのものを安定させる「王道」について具体的に説いていきます。