沈既済『枕中記』①書き下し文・現代語訳・解説|盧生と呂翁

目次
  1. 原文・書き下し文・現代語訳
  2. 盧生と呂翁
  3. 『枕中記』①テスト予想問題

沈既済『枕中記』の原文・書き下し文・現代語訳・重要語句・内容をわかりやすく解説します。

『枕中記』は、唐代に書かれた伝奇小説です。

主人公の盧生は、今の暮らしに満足できず、出世して高い地位や名声、財産を手に入れることこそが「満ち足りた人生」だと考えている。そんな盧生が、邯鄲の宿で不思議な道士呂翁と出会う。

原文・書き下し文・現代語訳

開元七年、道士有呂翁者、得神仙術。行邯鄲道中、息邸舎、摂帽弛帯、隠囊而坐。

開元(かいげん)七年、道士(だうし)に呂翁(りよをう)といふ者有り、神仙(しんせん)の術を得たり。邯鄲(かんたん)の道中を行き、邸舎(ていしや)に息(いこ)ひ、帽を摂(と)り帯を弛(ゆる)め、囊(ふくろ)に隠(よ)りて坐す。

開元七年のこと、呂翁という道士がいた。呂翁は神仙の術を身につけていた。邯鄲へ向かう旅の途中、ある宿で休むことにし、帽子を外して帯をゆるめ、荷物にもたれかかって腰を下ろしていた。

・開元七年…唐の玄宗の時代。西暦七一九年。

・道士…道教の修行者。

・邯鄲…現在の中国河北省にある地名。

・邸舎…旅人が休む宿。

俄見旅中少年。乃盧生也。衣短褐、乗青駒、将適于田、亦止於邸中、与翁共席而坐、言笑殊暢。

俄(には)かに旅中の少年を見る。乃(すなは)ち盧生なり。短褐(たんかつ)を衣(き)、青駒(せいく)に乗り、将(まさ)に田に適(ゆ)かんとし、亦(また)邸中に止(とど)まる。翁と席を共にして坐し、言笑(げんせう)殊(こと)に暢(の)びやかなり。

しばらくすると、旅の途中らしい一人の青年が現れた。盧生という人物である。粗末な短い服を着て、黒い子馬に乗り、これから畑へ向かおうとしていたが、彼も同じ宿に立ち寄った。盧生は呂翁のそばに座り、二人はすっかり打ち解けて楽しそうに語り合った。

・短褐…粗末な短い衣服。

・青駒…黒い子馬。

・将に~んとす…今にも~しようとする。

・殊に…とても、特に。

久之、盧生顧其衣装敝褻、乃長嘆息曰、「大丈夫生世不諧、困如是也。」

之を久(ひさ)しくして、盧生其の衣装の敝褻(へいせつ)なるを顧(かへり)みて、乃(すなは)ち長嘆息(ちやうたんそく)して曰(い)はく、「大丈夫(だいぢやうふ)世に生まれて諧(かな)はず、困しむこと是(か)くのごときなり。」と。

しばらく話したあと、盧生はふと自分の古びた服に目を落とした。そして大きくため息をつき、「男としてこの世に生まれたというのに、志は少しもかなわず、こんな生活をしているとは情けないことだ。」と言った。

・敝褻…古びて汚らしいさま。

・大丈夫…一人前の立派な男子。

・不諧…願いや志が思いどおりにならないこと。

なぜ楽しく話していた盧生が急に嘆いたのか

きっかけは、自分の「衣装敝褻」に目をやったこと。

呂翁と話している間は楽しく過ごしていたが、粗末な自分の服を見たことで、出世できず畑仕事をしている現在の境遇を意識してしまった。

翁曰、「観子形体、無苦無恙、談諧方適。而嘆其困者、何也。」

翁曰(い)はく、「子(し)の形体を観るに、苦無く恙(つつが)無く、談諧(だんかい)方(まさ)に適(てき)す。而(しか)も其の困しむを嘆ずるは、何ぞや。」と。

呂翁は言った。「あなたを見るかぎり、身体に苦しいところもなく、病気をしている様子もない。それどころか、つい先ほどまで楽しそうに話していたではないか。それなのに、自分は不幸だと嘆くのはどうしてなのだ。」と。

・無恙…病気や災いがなく無事であること。

・談諧…楽しく語り合うこと。

・方に…ちょうど今。

生曰、「吾此苟生耳。何適之謂。」翁曰、「此不謂適而何謂適。」

生曰(い)はく、「吾は此れ苟(かりそ)めに生くるのみ。何ぞ適すと之を謂はん。」と。翁曰はく、「此れを適すと謂はずして、何をか適すと謂はん。」と。

盧生は答えた。「今の私は、ただ生き長らえているにすぎません。こんな暮らしを、どうして満足できる生活と言えるでしょうか。」と。すると呂翁は、「今のような暮らしを満ち足りたものと言わないのなら、いったいどんな生活をそう呼ぶのか。」と尋ねた。

・苟生…ただ生きているだけであること。

・適…ここでは、心地よく満ち足りた状態、幸福。

「適」をめぐって二人の考えが食い違う

呂翁から見れば、盧生は健康で大きな苦しみもなく、楽しそうに過ごしていて、すでに十分「適」な生活を送っているように見える。

しかし盧生は、社会的な成功を得ていない現在の自分を「ただ生きているだけ」と考えている。

答曰、「士之生世、当建功樹名、出将入相、列鼎而食、選声而聴、使族益昌而家益肥。然後可以言適乎。

答へて曰はく、「士の世に生まるるや、当(まさ)に功を建て名を樹(た)て、出でては将(しやう)、入りては相(しやう)、鼎(かなへ)を列(つら)ねて食らひ、声を選びて聴き、族をして益(ますます)昌んにして、家をして益肥えしむべし。然(しか)る後、以て適と言ふべきか。

盧生は答えた。「男として世に生まれた以上は、功績を残して名声を上げ、外では将軍、朝廷では宰相というほどの地位に就き、豪華な食事を楽しみ、優れた音楽を聴き、一族をますます栄えさせ、自分の家も豊かにするべきでしょう。それだけのものを手にして初めて、人生に満足していると言えるのではありませんか。

・建功樹名…功績を立て、名を世に残す。

・出将入相…地方・戦場では将軍、朝廷では宰相となること。高位高官に出世すること。

・列鼎而食…多くの鼎を並べて豪華な料理を食べること。

・選声而聴…優れた歌や音楽を選んで楽しむこと。

盧生が求める「適」

  • 功績
  • 名声
  • 高い地位
  • 豊かな暮らし
  • 一族の繁栄

こうしたものをすべて手に入れることを望んでいる。

吾嘗志于学、富於遊芸、自惟当年青紫可拾。今已適壮、猶勤畎畝、非困而何。」

吾嘗(かつ)て学に志(こころざ)し、遊芸(いうげい)に富み、自(みづか)ら惟(おも)へらく、当年青紫(せいし)拾(ひろ)ふべしと。今已(すで)に適(まさ)に壮(さう)なるも、猶(な)ほ畎畝(けんぽ)に勤む。困しむに非ずして何ぞや。」と。

「私は以前から学問を志し、さまざまな才能も身につけてきました。若いころには、自分なら高い官職など簡単に得られるだろうと思っていたのです。それなのに、もう三十歳になった今でも、私は田畑で働いています。これほど不遇なことがほかにあるでしょうか。」と。

・嘗て…以前、かつて。

・遊芸…さまざまな学芸。

・青紫…高位高官が用いる印綬の色。ここでは高い官位のこと。

・青紫可拾…高い地位など簡単に得られると思っていたこと。

・壮…三十歳。

・畎畝…田畑。

盧生は、自分には学問も才能もあり、本来なら高い地位に就けるはずだと信じています。

その自分への高い評価と、現在の境遇との落差が、盧生の強い不満を生んでいる。

言訖而目昏思寐。時主人方蒸黍。

言ひ訖(を)はりて、目昏(くら)み寐(い)ねんことを思ふ。時に主人方(まさ)に黍(きび)を蒸す。

そこまで話し終えたころ、盧生は目が重くなり、眠りたいと思うようになった。そのとき、宿の主人はちょうど黍を蒸しているところだった。

翁乃探囊中枕、以授之曰、「子枕吾枕、当令子栄適如志。」

翁乃(すなは)ち囊中(なうちゆう)の枕を探(さぐ)り、以て之に授(さづ)けて曰はく、「子(し)吾が枕に枕せよ。当(まさ)に子をして栄適(えいてき)志のごとくならしむべし。」と。

そこで呂翁は袋の中を探り、一つの枕を取り出して盧生に渡した。そして、「この枕を使って眠ってみなさい。あなたが望んでいるような栄華を、きっと経験させてあげよう。」と言った。

令A~…「Aをして~しむ」=Aに~させる。
「当令子栄適如志」は、盧生に望みどおりの栄華を経験させようという意味。

其枕青瓷、而竅其両端。生俛首就之、見其竅漸大明朗、乃挙身而入、遂至其家。

其の枕は青瓷(せいじ)にして、其の両端を竅(あな)にす。生首(かうべ)を俛(た)れて之に就くに、其の竅漸(やうや)く大きく明朗(めいらう)なるを見る。乃(すなは)ち身を挙げて入り、遂(つひ)に其の家に至る。

その枕は青い焼き物でできており、左右の端には穴が開いていた。盧生が頭を下げて枕に近づくと、その穴が少しずつ大きくなり、奥が明るく開けていくのが見えた。そこで盧生は体ごとその中へ入り込み、やがて夢の中にある自分の家へたどり着いた。

・青瓷…青色の焼き物。

・竅…穴。

・漸く…だんだんと。

・其家…夢の中の盧生の家。

盧生と呂翁

呂翁

健康で大きな苦しみもなく、楽しく穏やかに暮らせているなら、それで十分に「適」である。

盧生

社会的に成功し、地位・名声・富を得て、一族まで繁栄させなければ「適」とは言えない。

盧生の考え方には、強い立身出世への欲望があります。

呂翁は、その願望を言葉だけで否定するのではなく、盧生自身に望みどおりの人生を体験させることにします。

『枕中記』①テスト予想問題

問1 「将適于田」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:将に田に適かんとす。
現代語訳:今にも畑へ行こうとしていた。
問2 盧生が「長嘆息」した直接のきっかけは何か。
自分が着ている古びて粗末な衣服に目をやったこと。
問3 呂翁が、盧生はすでに「適」な状態にあると考えたのはなぜか。
盧生には身体の苦しみや病気もなく、呂翁と楽しそうに語り合っていたから。
問4 「吾此苟生耳。何適之謂。」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:吾は此れ苟めに生くるのみ。何ぞ適すと之を謂はん。
現代語訳:私は今ただ生き長らえているだけだ。どうしてこのような暮らしを満ち足りていると言えるだろうか(いや、言えない)。
問5 盧生が考える「適」と、呂翁が考える「適」の違いを説明しなさい。
盧生は、出世して地位・名声・富などを得ることを「適」と考えている。一方、呂翁は、健康で大きな苦しみもなく穏やかに暮らしている状態を「適」と考えている。
問6 「出将入相」は、盧生のどのような願望を表しているか。
将軍や宰相になるほど高い地位へ出世したいという願望。
問7 「然後可以言適乎」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:然る後、以て適と言ふべきか。
現代語訳:そうなって初めて、満ち足りた人生と言えるのではないでしょうか。
問8 「青紫可拾」という言葉から、若いころの盧生が自分自身をどのように評価していたことが分かるか。
自分には十分な才能があり、高い官位にも容易に就ける人物だと考えていたこと。
問9 「今已適壮、猶勤畎畝、非困而何」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:今已に適に壮なるも、猶ほ畎畝に勤む。困しむに非ずして何ぞや。
現代語訳:今ではもう三十歳になったのに、それでも田畑で働いている。これを不遇と言わずして何と言うのか。
問11 「当令子栄適如志」を書き下し文にし、現代語訳しなさい。
書き下し文:当に子をして栄適志のごとくならしむべし。
現代語訳:きっとあなたに、望みどおりの栄華を経験させてあげよう。

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